日々の出来事

買い出しは私にまかせろ

2016年8月19日

私が食料品の買い出しを担当するようになったのは、愛犬が動けなくなってからのことだ。愛犬の「マル」は妻のことが大好きだった。残り少ない人生、いや犬生を1秒でも長く妻とともに過ごさせてやりたかった。そこで、買い出しなどは私がやることになったのだ。
「マル」は亡くなってしまったが、身についた習慣というものは、なかなか変えることができない。それに、私は買い出しが嫌いではなかった。むしろ、好きになっていたのだ。
鮮魚にしろ精肉にしろ、自分の目で選ぶ。美味しくなければ、それは自分の責任だ。誰にも文句を言えない。それは、まさに「真剣勝負」と言ってよかった。
例えば、マグロの赤身。色とスジの入り具合、解凍の程度、大きさと価格を吟味し、「これだ!」と思うもの以外は絶対に買わない。「今夜はマグロの赤身をつまみにビールを飲みたい」という欲望に負け、中途半端な判断で購入してしまうと、たいていの場合、失敗する。
毎回が、そして一品一品が真剣勝負。それが、スーパーマーケットだ。

どの店で買うか、というのも重要なファクターだ。私の通勤路とその圏内には、幾つかの選択肢が存在した。

オーケーストア
マルエツ
コモディイイダ
ヤオコー
イトーヨーカドー
ヨークマート

そして「オーケーストア」。ここが私のホームグラウンドである。
自宅と事務所の中間地点に存在し、店内は広く、品数が豊富。食料品から日用雑貨、アルコール飲料まで揃っている。そして、どれも安い。謳い文句は「エブリデイ・ロープライス」。
事務所に配達される朝刊の折り込みチラシを見比べ、他店に目を引く特売品がなければ、帰りに寄るのはオーケーストア一択となる。
しかし、他店より安く提供できない商品は置かない、という営業方針らしく、欲しい銘柄がない場合もあるので要注意だ。

その日も私は、仕事を終えると行きつけのオーケーへ向かった。

どのスーパーにも、人の流れる「順路」が存在する。
オーケーの場合は、入り口からの外周が「青果」「鮮魚」「精肉」「惣菜」となっており、基本的に客はこの順番に品物を選ぶ。
しかし、私はこの順番で買い物かごに商品を放り込むことはない。
それはなぜか。
「精肉」「鮮魚」「冷凍食品」
こいつらは、熱に弱い。だから冷蔵、または冷凍陳列されている。先にかごに入れてしまうと、こいつらの軟弱さが気になって、買い物に集中できないのだ。
したがって、まずは常温陳列されているものから買い物かごに放り込んでいくのが、私のスタイルだ。人生では、人の流れに逆らうことも必要だった。

青果コーナーを眺め、値段をチェックしておく。
次に、鮮魚コーナーのマグロの赤身柵に目配せしておく。ここは、たまに置かれる養殖インドマグロが安くて旨い。
この日は鮮魚は目にかなうものがなかったので、精肉コーナーで何か買うことにした。肉は食べ方の選択肢が多いし、そこそこの肉を買えばあとは味付け次第、というところもあるからだ。
オーケーストアは、他のスーパーに比べ和牛が多いのだが、私も妻も歳をとったせいか、脂ののった和牛をあまり好まない。
運良くステーキ用牛ランプ肉(オーストラリア産)を見つけた私は、夕飯をランプステーキにすることにした。
急いで青果コーナーに戻ると、付け合わせの用のジャガイモと玉ねぎ、サラダ用のカット野菜を買い物かごに放り込む。
返す刀で精肉コーナーに戻り、すかさず輸入牛ランプ肉を入手する。

ここからは時間との戦いだ。
特売のカップ麺が置かれる棚を横目に、めぼしい品がないことを確認しつつ冷凍食品コーナーへ向かい、ドリンク用のロックアイスを入手する。ロックアイスはもちろん、冷凍食品は肉や鮮魚の保冷剤代わりにもなる。
本当なら付け合せに「ミックスベジタブル」が欲しいところだが、なぜかこの店でそれを見かけることは少ない。他店より安くできないからであろうか。
最後に、レジ前の棚が定位置の10個パックのたまごを手に取り、割れないようゆっくりとかごに入れる。
そして、待ち時間の少なそうなレジ待ちの列に並ぶ。もちろん、合計金額から3%相当値引きになる「オーケーカード」を提示する準備も、怠ってはいなかった。

私は、こんな風にして買い物をすることが、意外と楽しいことに最近になって気づいた。
どんな物事でも、真剣に取り組めば意外と楽しくなるのかもしれない。だから人生もまた、真剣に取り組んだ方が楽しいのだろう。

スーパー通いを続けていると、特殊な能力が自然と身につく。
買い物かごに放り込んだ商品の、おおよその合計額が、計算しなくともわかるようになるのだ。
おそらく世の主婦の皆さんの多くは、この特殊能力を備えていると思われる。
彼女たちもまた、毎日が真剣勝負なのだ。

特殊能力者が集う場所。それがスーパーマーケットなのである。